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正義の味方論

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本日もお好み焼・鉄板焼 あえ のホームページにお越しくださいましてありがとうございます。

つい数日前に人生初のぎっくり腰になってしまい、立っているのも辛い日々が続いております。



因みに今回は左側が痛くなったのですが、右側は腰椎椎間板ヘルニアなので、現時点では両方の腰にダメージを食らっている状態です。

ここにきて左右で腰痛の二世帯住宅になってしまうとは思いもよりませんでしたが、私が休むわけにもいかず気合で仕事に出ている次第であります。



昔聞いた話ですが、ぎっくり腰とヘルニアの違いの境界線は神経損傷が有るか無いかだそうです。

損傷が有るのがヘルニアで、無いのがぎっくり腰です。

ヘルニアは足にしびれが来たりするわけですが、ぎっくり腰はないそうです。



しかし、私は残念ながら左足もしびれているのが現状です。

ダブルヘルニア説が急浮上してきて不安に駆られてきだしているシゲが本日も更新させていただきます。



正義の味方とは何なのだろうか



私には3歳の息子がいるわけだが、その息子に付き合ってDVDを見ることがある。

子供を持つ方ならわかるだろうが、3歳くらいの子供は何故か大抵アンパンマンを好きになる。

それ故私も一緒にアンパンマンのDVDを見る訳だが、何となくボケっと見ていただけのアンパンマンを長く見て考え始めた事がある。



正義の味方とはいったい何なのだろうか。



私が幼いころから見ていたアニメや特撮には間違いなく揺るぐ事のない正義が存在していた。

とてもわかりやすい正義の味方がいて、ひたすら悪の手先の様な敵を倒していき、最終的には悪の親玉をやっつけるという単純明快な内容ばかりだ。



しかし視点を変えたら正義の概念も変わってしまう。

悪側の者からすれば、正義の味方とされている者は自分たちの意見や思想を否定する悪の組織なのは当然である。



仮に正義の味方とされている者が敗北し、悪の親玉が勝利したとしてみよう。



その瞬間に正義と悪が逆転し、ついさっきまで正義の味方と慣れ親しんでいたキャラは悪へとなり、悪の親玉と忌み嫌われていた者は正義となる。

これは何もアニメや特撮の中だけの話ではなく、我々が生活している現実世界でも同じである。

とても極端な言い方になってしまうが、強い物が正義でそれに反対する者が悪と考えていいのではないだろうか。

違う言い方をすれば、多数派が正義となり、少数派が悪となってしまうというのが私の考えである。



絶対的な正義



先述の通り、正義と悪は表裏一体なわけであり、視点が変わってしまうとそれも反対となる。

という事はこの世に正義というものは存在していないのだろうか。

意見が違う者同士は、どちらかが倒れるまで戦い続け、勝敗を付けてからでないと正義と悪を判断できないのだろうか。



私はそうは思わない。

絶対的な正義がこの世に存在している事に気づいてしまったのだ。



そう、アンパンマンである。



アンパンマンはバイキンマンと戦っている様に見える。

しかし、アンパンマンはバイキンマンが憎くて戦っているわけではない。

あくまでアンパンマンはバイキンマンがいたずらをするので懲らしめているだけに過ぎない。



何故かというと、明らかな力の差が有るアンパンマン一派とバイキンマン。

殺して終わりにしようと思えば簡単な事だろう。

それをあえてすることはなく、バイキンマンの改心をただただ願っている。



ではアンパンマンの目的であり、存在意義は一体何なのか。



お腹が空いた人たちにあんパンを食べさせてあげる事だけなのである。

その行為は相手がバイキンマンであっても変わらない。

自らの力が弱くなる事を理解しながらも、自らの体の一部を削って食料を分け与えているのである。

もうここには正義以外の何も存在していないとは思わないだろうか。

どの視点からみても揺るぎのない正義がアンパンマンなのではないだろうか。



強さという点をとってみても他の正義の味方とされるものと比べて圧倒的に弱い。

顔が濡れるのは勿論、変形する事や、分け与えた事によって欠けてしまった時も著明に力が落ちてしまう。



その弱り方たるや、自らの力で立つ事さえ出来ない程である。

それでも正義の味方として愛され続けているアンパンマンは偉大な正義だと私は思う。



偉大な正義。アンパンマン

ここまで書いて思ったのだが、私は何故今回のテキストのカテゴリをスタッフ日記、シゲブログ、育児奮闘記にしてしまったのかよくわからない。

しかし息子がいなければ、これ程の回数アンパンマンのDVDを見ることが無く、正義の味方について考える機会もなかっただろうと思う。

その様に考えると今回のカテゴリはこれで正解だったのかもしれないと思った。



そんな事より、今回のテキストで私がいかにアンパンマンが気に入っているかわかって頂けただろうと思う。

アンパンマンが行っている行為は正義であると同時に慈善活動でもあると思う。

私も自らの身を削り、正義であり、慈善活動をするべきなのだろうとは思っている。

しかし言うとやるのでは大きく違いが有り、思いが有っても中々動くことができないのが一般的なのではないだろうか。

故にアンパンマンは偉大であり、絶対的な正義なのだと私はおもう。

私も顔の丸さは大分アンパンマンに近いのだが、ただそれだけなのが残念でしかたがない。



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